scan3d(3 次元の拘束付きグリッドスキャン)

scan3d サブコマンドは、層付き酵素構造で 3 つの座標の格子を作り、各格子点で座標を調和拘束で目標値に保ったまま ML/MM 計算機で緩和し、拘束を外したエネルギーを記録して、エネルギーの分布を等値面の HTML に描きます。各軸は範囲で指定し、距離 (i,j,low,high)(Å)、角度 (i,j,k,low,high)、二面角 (i,j,k,l,low,high)(度)を使えます。


主な用途

  • 3 つの座標が同時に関わる反応: 結合の形成・別の結合の切断・プロトン移動が 1 つの段階で起きるような反応で、エネルギーの地形を調べる

  • 計算済みの格子の描き直し: 既存の surface.csv を、別のエネルギーの範囲で描き直す(--csv)

  • 結果の判定: surface.csv に各点の収束の可否が入り、result.json には scientific_status が入る

ML 領域の計算バックエンドにはデフォルトの UMA(Meta)のほか、-b/--backend オプションで ORB、MACE、AIMNet2、DFT(dft)も選択可能です。1 つ以上の座標を動かして 1 本の経路を作るには scan を、2 つの座標の格子には scan2d を使います。


基本的な実行例

例の complex.pdb は real.parm7 に対応する全系の構造で、ml_region.pdb はそのうちの ML 領域(リンク水素なし)を選びます。

原子は同梱の酵素の例(examples/beza/1.R.pdb)のもので、この PDB は chain の欄が空です。そのため、原子は chain を省いた 3 項目(残基名・残基番号・原子名)を任意の順序で、カンマか空白で区切って書きます("SAM,320,CS1")。

1. YAML スペックファイルからの実行

3 つの範囲を pairs: に書き、--out-json を付けて result.json も出力します。デフォルトの刻み幅 0.2 Å では、このファイルから 9 × 9 × 7 の格子(567 点)ができます。

# scan3d.yaml
pairs:
  - ["SAM,320,CS1", "GPP,321,C7", 1.50, 3.00]
  - ["GPP,321,H11", "GLU,186,OE2", 0.90, 2.50]
  - ["SAM,320,SD", "SAM,320,CS1", 1.80, 3.00]
mlmm scan3d -i complex.pdb --parm7 real.parm7 --model-pdb ml_region.pdb -q 0 \
    -s scan3d.yaml --out-json -o ./result_scan3d/

等値面は result_scan3d/scan3d_density.html をブラウザで開いて確認できます。result.json には scientific_status と使える点の数(n_points_usable)が入ります。

2. インラインリテラルでの指定

同じ 3 つの範囲を、1 つのリテラルとしてコマンドラインに書けます。

mlmm scan3d -i complex.pdb --parm7 real.parm7 --model-pdb ml_region.pdb -q 0 \
    -s '[("SAM,320,CS1","GPP,321,C7",1.50,3.00),("GPP,321,H11","GLU,186,OE2",0.90,2.50),("SAM,320,SD","SAM,320,CS1",1.80,3.00)]'

3. L-BFGS・軌跡の保存・事前最適化

スキャンの前に入力構造を最適化し、各点を L-BFGS で緩和して、内側ループの軌跡を保存し、相対エネルギーを使える点の最小値から測ります。--max-step-size 0.20・--opt-mode grad・--baseline min はデフォルトで、ここでは明示しています。

mlmm scan3d -i complex.pdb --parm7 real.parm7 --model-pdb ml_region.pdb -q 0 \
    -s '[("SAM,320,CS1","GPP,321,C7",1.50,3.00),("GPP,321,H11","GLU,186,OE2",0.90,2.50),("SAM,320,SD","SAM,320,CS1",1.80,3.00)]' \
    --max-step-size 0.20 --dump -o ./result_scan3d/ --opt-mode grad \
    --preopt --baseline min

4. 既存の surface.csv からの描き直し

計算済みの格子の等値面を、−10〜40 kcal/mol の範囲で描き直します。エネルギーは計算しません。別の -o を指定すると、元のスキャンのファイルが残ります(使用上の注意点)。

mlmm scan3d --csv ./result_scan3d/surface.csv --zmin -10 --zmax 40 -o ./result_scan3d_replot/

処理の仕組みと計算仕様

  1. 開始構造と格子: ML 領域の 電荷 は -q または -l から決まります。--preopt を付けると、まず拘束なしで入力構造を最適化します。収束しなかった場合は入力構造を使います。各軸には両端を含めて ceil(|high − low| / h) + 1 個の等間隔の値ができます。h は距離では --max-step-size(Å)、角度と二面角では --max-angle-step-size と --max-dihedral-step-size(度)です。値は開始構造に近いものから順に計算します。

  2. 3 重のループ: d₁ の各値で d₁ の拘束だけをかけて構造を緩和し、d₂ の各値で d₁ と d₂ の拘束をかけて緩和します。続く内側ループで、3 つの拘束をかけて d₃ を走査します。各緩和は、同じループですでに収束した最も近い構造から始めます。まだ収束した構造が無いときは、外側のループで得た構造(d₁ では開始構造)から始めます。

  3. 各点の緩和: 調和拘束 E = ½ k (q − q_target)² が各座標 q を目標値に保ち(k は --restraint-k)、残りの構造を ML/MM 計算機で L-BFGS(--opt-mode grad、デフォルト)または RFO(有理関数最適化、--opt-mode hess)により緩和します。固定 MM 層の原子は動きません。そのあと拘束を外してエネルギーを計算し、構造を grid/ に書き出します。

  4. 表と図: 最後の点のあと、全点を surface.csv にまとめます。使える点を 50 × 50 × 50 の格子上で動径基底関数(RBF)で補間し、段階的な色の半透明の等値面 8 枚を scan3d_density.html に描きます。--csv を付けたときは、与えた表についてこの段階だけを行います。


surface.csv の読み方と判定

surface.csv には格子点ごとの行と、基準の行が 1 つ入ります。

列

内容

i, j, k

格子の番号。開始構造に最も近い値が 0 なので、値の昇順ではなく計算した順の番号

d1_A, d2_A, d3_A(q1, q2, q3 も同じ値)

緩和の後に測った座標の値。どの軸でも列名は _A のままで、角度の軸には度が入る。単位は q1_unit, q2_unit, q3_unit(angstrom か degree)

target_d1_A, target_d2_A, target_d3_A(target_q1, target_q2, target_q3 も同じ値)

その点の拘束の目標値

energy_hartree

拘束を外したエネルギー(Hartree)

bias_converged

拘束付きの緩和が収束したか

is_preopt

基準の行だけ true

energy_kcal

基準からの相対エネルギー(kcal/mol)

d1_label, d2_label, d3_label

図に使う軸の名前

  • 基準の行: i = j = k = -1、is_preopt = true の行は開始構造です。表には残りますが、格子点として数えず、エネルギーの基準にも図にも使いません。

  • 使える点: 緩和が収束し、エネルギーが有限で、構造ファイルが書けた点を「使える点」とします。エネルギーの基準と図には、使える点だけを使います。

  • 判定: result.json(--out-json)の scientific_status は、すべての格子点が使える点なら success、一部だけなら partial(終了コード 0)、1 つも無ければ failed(終了コード 1)です。点の数は n_points_attempted と n_points_usable に入ります。

  • 次の段階: 等値面は補間なので、鞍点に近い計算点の構造 grid/point_*.pdb を tsopt に渡します。反応物側と生成物側の谷の点は path-search の入力にできます。

  • 表からの描き直し(--csv): 表には d1_A, d2_A, d3_A と、energy_hartree か energy_kcal の列が要ります。基準の行と、bias_converged = false かエネルギーが有限でない行は除きます。


主な出力ファイル

--out-dir に次のファイルを書きます。

result_scan3d/
├─ surface.csv                          # 基準の行を含む格子の表
├─ scan3d_density.html                  # 3D 等値面(ブラウザで開く)
├─ grid/
│  ├─ point_i150_j090_k180.xyz          # 各格子点の緩和後の構造
│  ├─ preopt_iDDD_jDDD_kDDD.xyz         # 開始構造(基準の行)
│  └─ inner_path_d1_000_d2_000_trj.xyz  # (d₁, d₂) の組ごとの内側ループの軌跡(--dump 指定時)
└─ result.json                          # 結果の要約(--out-json 指定時)。summary.json も同じ内容

まず scan3d_density.html と surface.csv を確認し、各点の構造は grid/ を見てください。result.json の grid_points[] には、各格子点の番号・値・目標値・エネルギー・収束の可否・構造ファイルが入ります。

  • ファイル名: i・j・k の後の数字(タグ DDD)は目標値の 100 倍(Å、角度では度)を 3 桁以上に 0 で埋めた数で、surface.csv の格子の番号ではありません。d1 = 1.50 Å, d2 = 0.90 Å, d3 = 1.80 Å なら point_i150_j090_k180.xyz、角度 120° なら 12000 です。丸めたタグが別の点と重なると、後のファイル名には 0 始まりの番号 _grid_III_JJJ_KKK が付きます。inner_path_d1_000_d2_000 の数字も 0 始まりの番号です。

  • ほかの形式: 各構造は .pdb でも書き、B-factor の欄に各原子の層を入れます:ML 領域 0、可動 MM 10、固定 MM 20。--no-convert-files で止められます。mmCIF の入力 と、PDB の欄に入りきらない大きな PDB の入力では、元の識別子を保った .cif も書きます。

  • --csv を付けたとき: scan3d_density.html だけを書きます。--out-json を付けると、grid_points の無い result.json も書きます。scientific_status は、表に使える点があれば success、無ければ failed です。


主な CLI オプション

ML/MM の計算コマンドに共通のオプションは ML/MM の共通オプション に 1 か所でまとめてあります。下の表は scan3d に固有のものだけです。

オプション

引数の型

デフォルト

説明

-i, --input

パス

None

全系の構造ファイル(.pdb, .cif, .mmcif、または --ref-pdb を付けた .xyz)。--csv を使う場合のほかは必須

-q, --charge

整数

None

ML 領域の電荷。-l、YAML の calc.model_charge、--csv のどれも無ければ必須

-m, --multiplicity

整数

1

ML 領域のスピン多重度(2S+1)

-l, --ligand-charge

文字列

None

未知のリガンド残基の総電荷(例: -1)または残基名ごとの電荷(例: 'GPP:-3,SAM:1')。-q を省いたときに ML 領域の電荷を求めるのに使用(PDB/mmCIF 入力または --ref-pdb)

-s, --scan-lists

文字列

None

YAML/JSON スペックファイルまたは 1 つのインラインリテラルで 3 つの範囲を指定。距離 (i,j,low,high)、角度 (i,j,k,low,high)、二面角 (i,j,k,l,low,high)。--csv を使う場合のほかは必須

-o, --out-dir

パス

./result_scan3d/

出力先ディレクトリ

--max-step-size

浮動小数点数

0.2

距離の軸の格子間隔の上限(Å)

--max-angle-step-size

浮動小数点数

5.0

角度の軸の格子間隔の上限(度)

--max-dihedral-step-size

浮動小数点数

10.0

二面角の軸の格子間隔の上限(度)

--restraint-k

浮動小数点数

300.0

拘束の強さ k(距離は eV/Ų、角度は eV/rad²)。別名 --bias-k。省くと YAML の bias.k を使用

--opt-mode

grad / hess

grad

各点の緩和の方法:L-BFGS / RFO

--preopt/--no-preopt

フラグ

False

スキャンの前に入力構造を拘束なしで最適化

--dump/--no-dump

フラグ

False

(d₁, d₂) の組ごとの内側ループ(d₃)の軌跡を grid/ に出力

--baseline

min / first

min

energy_kcal の 0 点:使える点の最小値、または点 (0, 0, 0)

--zmin, --zmax

浮動小数点数

補間した値の最小値 / 最大値

8 枚の等値面を置くエネルギーの範囲の下限と上限(kcal/mol)

--thresh

文字列

baker

各緩和の収束プリセット(gau_loose, gau, gau_tight, gau_vtight, baker, never)

--csv

パス

None

計算済みの surface.csv を読み、図だけを描く。-i・--parm7・-s・-q は不要

--out-json/--no-out-json

フラグ

False

結果の要約を result.json に出力(JSON 出力の一覧)

全オプションは 自動生成のオプションの一覧(英語のみ) を参照してください。

補足: YAML(--config)では、--opt-mode grad のとき lbfgs か opt.lbfgs の節が、--opt-mode hess のとき rfo か opt.rfo の節が効きます。軌跡を書くかどうかは --dump だけで決まり、YAML の opt.dump は使いません。


使用上の注意点

  • 範囲は 1 つのリテラルに 3 つ: -s には、1 つのインラインリテラル、または YAML/JSON ファイルの pairs: で、ちょうど 3 つの範囲を渡します。複数ステージのスキャンには scan を使ってください。

  • chain のある PDB: 順序固定の 4 項目の形 A:SAM:320:CS1 を使うと原子を一意に指定できます。

  • 格子の大きさ: 緩和の回数は 3 つの軸の値の数の積で、すぐに大きくなります(例 1 では 567 回)。最初は --max-step-size を大きくするか、範囲を狭めてください。

  • --baseline first: 点 (i, j, k) = (0, 0, 0) が使える点ならそこを 0 にします。使える点でなければ [baseline] 'first' requested but usable (i=0,j=0,k=0) is missing; using the usable minimum instead. を表示し、使える点の最小値を使います。

  • 固定原子: --freeze-atoms か YAML の geom.freeze_atoms で指定した原子と、固定 MM 層の原子は、どの緩和でも固定されます。スキャンする座標の原子がすべて 固定原子 だとエラーになります。

  • 計算せずに指定を確かめる: --dry-run は入力・電荷とスピン・-s を読み、計画を表示して、最適化をせずに終わります。--csv を付けたときは、オプションだけを確かめます。

  • サイクル数の上限: --relax-max-cycles(デフォルト 100000)が各緩和のサイクル数を制限します。指定すると YAML の opt.max_cycles より優先され、省くと YAML の値が使われます。

  • 使える点が少ないとき: 使える点が 4 つ未満か、すべて 1 つの平面上にあるときは、図だけを省きます。[plot] NOTE: Volume plot skipped: … を表示し、surface.csv(--out-json 指定時は図を載せない result.json も)を書いて、終了コード 0 で終わります。使える点が 1 つも無いときは [plot] No finite data for plotting. を表示し、終了コード 1 で終わります。

  • 描き直しの警告: bias_converged か artifact_written の列が無い表も、[plot] WARNING: CSV lacks complete point provenance; … を表示して読みます。scan3d が書く surface.csv には artifact_written の列が無いので、これを描き直すとこの警告が出て、result.json には n_points_usable が入りません。

  • スキャンのディレクトリへの描き直し: --csv の有無によらず、--out-json を付けない実行は --out-dir の result.json と summary.json を消し、付けた実行はこれらを上書きします。また、どの実行も scan3d_density.html を置き換えます。元のスキャンのファイルを残すには、例 4 のように --csv に別の -o を指定してください。


関連ドキュメント

  • scan — 1 つの構造からの、1 つ以上の座標の段階的スキャン

  • scan2d — 2 つの座標のエネルギーマップ

  • opt — スキャンの前後の単一構造の最適化

  • tsopt — 鞍点に近い構造からの TS 最適化

  • path-search — 格子から取った構造を通る MEP 探索

  • all — 一貫ワークフロー

  • トラブルシューティング — 異常終了時の原因切り分けと対処法